山田税理士事務所

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所長プロフィール

 

山田 隆広(やまだ たかひろ)

山田税理士事務所 所長
また、以下4社の代表取締役も務める。

 

〈学歴・職歴〉

1967年生まれ

1989年 明治大学商学部卒業

1990年 税理士試験に合格

1990年 太田昭和監査法人(現・新日本有限責任監査法人)入社。国際税務部門に所属し、税務申告・記帳代行・財務分析・給与計算等を手がける。

1993年 税理士の父が大病を患ったため、監査法人を退職し、税理士事務所を継ぐ。 6人の事務所スタッフで、建設業を中心とした約100社の顧問業務を担当する。

現在は3人の事務所スタッフと共に、約70社の税務顧問を手がけている。

 

〈資格〉

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山田税理士事務所は、40年近く皆さまと歩んできました

税理士事務所の開業から
40年近くが経ちます

山田税理士事務所の2代目所長・山田隆広と申します。

当税理士事務所は開業から40年近くもの間、みなさまと共に歩んでまいりました。ここまで来られたのも、ひとえにお客さまのご支援の賜物と、厚く御礼申し上げます。

 

先代の所長である私の父は昭和49年、ここ板橋区で税理士事務所を開業いたしました。私は小学生の頃から父の背中を見てまいりましたので、税理士という職業を自然と身近に感じ、「自分も将来は税理士になろう」と考えるようになったのです。
「税理士になる」と話した時に心から喜んでくれた、亡き父の笑顔は今も忘れられません。

23歳で税理士試験に合格した後は、なるべく多くの実務経験を積みたいという思いから、当時の太田昭和監査法人(現在の新日本監査法人)に入社しました。

あまり知られていないかもしれませんが、監査法人の中には「国際税務部門」という部署があり、50人近くの税理士が外資系企業の経理業務財務分析を行っているのです。この国際税務部門で、数多くの企業の税務申告書作成や財務状態の分析を担当した経験が、現在の業務にも血となり肉となって生きています。

建設業の皆さまの顧問を
100社以上つとめてきました

ところが監査法人での仕事に没頭していた矢先、父が大病を患って倒れたため、父が所長をつとめていた税理士事務所を急遽私が継ぐことになりました。

当時私は26歳で、税理士といってもまだ駆け出し当然です。そんな私が多数の顧問先の皆さまを担当させていただく責任の重さを思うと、正直「自分に父の代わりが務まるのか?」と戸惑う気持ちもありました。

 

しかし、当事務所を必要としてくださっているたくさんの経営者を、お待たせするわけにはいきません。

無我夢中で業務に取り組んでまいりました結果、幸い大きなトラブルもなく、2代目所長として今日まで務めを果たしてこれたのは、当事務所をあたたかく支えてくださった顧問先の皆さまのおかげと深く感謝しております。

 

昔から板橋区には建設業のお客さまが多くいらっしゃったため、親子二代あわせて30年以上もの間、たくさんの建設業の皆さまとは数多くお付き合いさせていただいております。

これまでの顧問業務の中で蓄積してきたノウハウを生かし、資金繰り等でお悩みの皆さまを精一杯サポートさせていただきたく思いますので、どうぞお気軽にご相談ください。

 

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税理士として大切にしているのは「サービス精神」

「経営パートナー」として
御社を全力でサポートします

税理士としての私のモットーは、「『士業』である前に『サービス業』である」ということです。
税理士は顧問先の皆さまから頼りにしていただいている反面、サービス精神に欠けるタイプの人が少なくないのです。そのため、偉そうな物言いをしてしまったり、お客さまへの対応が遅れてもお詫び一つない、といった不満を持たれがちなのも事実。


しかしながら私が監査法人で3年間担当してきた外資系企業では、税理士を大所高所からアドバイスしてくれる存在と扱う意識は全く無く、「税理士もサービス業の1つ」という考え方が当たり前になっていました。

この監査法人での経験から、

  「税理士は『士業』である前に『サービス業』である

という考え方を自然と身につけることができたのです。

こうした「サービス業」としての自覚をもとに、単なる試算表決算書作成等の業務にとどまらず、経営の黒字化を図るためのアドバイスや提携の行政書士・社労士の紹介なども手がけております。
ぜひ御社の「経営パートナー」として当事務所をお使いいただけましたら幸いです。

 

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